PHREEQCをゼロから始める #4:カルサイト−CO₂水反応(開放系 vs 閉鎖系)

土壌中のCO₂と純水・カルサイト(Calcite)の反応を、開放系(Open system)と閉鎖系(Closed system)の2ケースでシミュレーションする。地下水の水質形成において最も基本的なこの反応が、系のCO₂条件によってpHと溶存Ca²⁺濃度にどう影響するかをPHREEQCで定量的に示す。
Geochemistry
PHREEQC
Groundwater
作者

DeepFlow

公開

2026年4月10日

はじめに-なぜこの反応?

地下水の水質形成において、最も基本的かつ重要な反応が カルサイト(方解石)とCO₂水の反応である。

雨水が土壌を通って地下に浸透するとき、土壌中のCO₂を吸収して弱酸性になる。その酸性水が炭酸塩岩(石灰岩など)と接触すると、カルサイトが溶解してCa²⁺とHCO₃⁻が水中に溶け出す。これが多くの地下水が「硬水」になる理由である。

しかし、この反応の進み方は 系(System)がCO₂に対して「開いているか」「閉じているか」 で大きく異なる。

今回の計算で比較する2つのシナリオ
開放系(Open system)
CO₂ガスと常に平衡。反応中もCO₂が補給され続ける。土壌中での反応に相当。
閉鎖系(Closed system)
CO₂を一定量溶解させた後、ガスとの接触を遮断。密閉された地下環境に相当。

反応の化学式

まず反応の全体像を整理しておこう。

CO₂の溶解:

\[\mathrm{CO_2(g) + H_2O \rightleftharpoons H_2CO_3^* \rightleftharpoons H^+ + HCO_3^-}\]

カルサイトの溶解:

\[\mathrm{CaCO_3 + H^+ \rightleftharpoons Ca^{2+} + HCO_3^-}\]

全体の反応(開放系):

\[\mathrm{CaCO_3 + CO_2(g) + H_2O \rightleftharpoons Ca^{2+} + 2HCO_3^-}\]

開放系では、CO₂が補給され続けることで左から右への反応(溶解)が促進される。閉鎖系では、溶解したCO₂が限られるため反応が止まりやすく、最終的なpHが高くなる。


CO₂分圧の設定

土壌中のCO₂分圧は大気の約30〜100倍に達することが多い。今回は代表値として:

\[P_{CO_2} = 10^{-1.5} \approx 0.032 \text{ atm}\]

を使用する。これは石灰岩地帯の土壌で典型的な値である(大気の \(10^{-3.5}\) atm の約100倍)。

PHREEQCでは CO₂ガスは CO2(g) という名前で呼ぶ。EQUILIBRIUM_PHASESブロックで CO2(g) -1.5 と書くことで、\(\log P_{CO_2} = -1.5\) の条件(= \(10^{-1.5}\) atm)を指定できる。


計算シナリオの構成

シナリオ CO₂条件 カルサイト条件 PHREEQCブロック
開放系 CO₂(g) と常に平衡
(P = 10⁻¹·⁵ atm)
Calcite(SI=0, 10 mol) SOLUTION 1
EQUILIBRIUM_PHASES 1
(CO2+Calcite同時)
閉鎖系 まず CO₂(g) と平衡
→ その後ガス遮断
別のEQ_PHASESで
Calcite のみと平衡
SOLUTION 2
EQUILIBRIUM_PHASES 1
SAVE → USE
EQUILIBRIUM_PHASES 2

GUI操作手順

開放系の設定

Step 1: SOLUTIONアイコンから純水(SOLUTION 1)を定義する。

Step 2: EQUILIBRIUM_PHASESアイコンをクリックし、以下を設定する:

  • CO2(g):SI目標値 = -1.5、Amount = 10
  • Calcite:SI目標値 = 0、Amount = 10
ノートCO2(g) のSI目標値 = -1.5 の意味

CO2(g) -1.5 は「\(\log P_{CO_2} = -1.5\)(つまり \(P_{CO_2} = 10^{-1.5}\) atm)と平衡になるまでCO₂を溶かし込む」という指示である。開放系ではCO₂が常にこの分圧に保たれる。

Step 3: END を入力して計算実行。


閉鎖系の設定

閉鎖系は2段階に分かれる。

Stage 1:CO₂を溶解させる(ガスあり)

SOLUTION 2 を定義したあと、EQUILIBRIUM_PHASES でCO₂のみと平衡させ、SAVE solution 2 で水の状態を保存する。

Stage 2:カルサイトと反応させる(ガスなし)

USE solution 2 で保存した水を呼び出し、新しいEQUILIBRIUM_PHASESでカルサイトのみと平衡させる。ここにCO₂は含めない。


PHREEQCコード(完全版)

# ===================================
# 開放系(Open system)
# CO2とCalciteを同時に平衡させる
# ===================================
SOLUTION 1  Open system - Pure water
    temp      25
    pH        7
    pe        4
    redox     pe
    units     mmol/kgw
    density   1
    -water    1 # kg

EQUILIBRIUM_PHASES 1
    CO2(g)   -1.5   10   # log P(CO2) = -1.5 atm, 常にCO2補給
    Calcite   0     10   # カルサイトと平衡

END

# ===================================
# 閉鎖系(Closed system)
# Stage 1: まずCO2を溶解させる
# ===================================
SOLUTION 2  Closed system - Pure water
    temp      25
    pH        7
    pe        4
    redox     pe
    units     mmol/kgw
    density   1
    -water    1 # kg

EQUILIBRIUM_PHASES 1
    CO2(g)   -1.5   10   # CO2のみと平衡(カルサイトなし)

SAVE solution 2          # CO2溶解後の水を保存

END

# ===================================
# 閉鎖系 Stage 2:
# CO2遮断後にカルサイトと反応させる
# ===================================
USE solution 2           # 保存した水を呼び出す

EQUILIBRIUM_PHASES 2
    Calcite   0     10   # カルサイトのみと平衡(CO2ガスなし)

END
重要SAVEUSE の使い方

SAVE solution 2 は計算途中の水の状態(pH・各イオン濃度・温度など)をメモリに保存する命令である。USE solution 2 でその保存された状態を呼び出して、続きの計算ができる。閉鎖系のように「段階的な反応」を表現するときに必須のコマンドである。


結果の読み方

計算が完了すると、2つのシナリオのOutputを比較できる。

開放系の結果(SOLUTION 1 after)

pH                 =   6.97
Ca²⁺ (mol/kgw)    =   2.39e-03
HCO₃⁻ (mol/kgw)  =   4.88e-03
Calcite SI        =   0.00     ← 平衡状態
CO2(g) SI         =   -1.5     ← CO2(g)は入力条件の通り、-1.5

閉鎖系の結果(SOLUTION 2 after Stage 2)

pH                 =   7.68
Ca²⁺ (mol/kgw)    =   9.94e-04
HCO₃⁻ (mol/kgw)  =   1.99e-03
Calcite SI        =   0.00     ← 平衡状態
CO2(g) SI         =  -2.58     ← CO2は不飽和(ガスなし)

2ケースの比較

項目 開放系 閉鎖系
最終 pH 6.97 7.68
Ca²⁺ 濃度 2.39×10⁻³ mol/kg
≈ 96 mg/L
9.94×10⁻⁴ mol/kg
≈ 40 mg/L
HCO₃⁻ 濃度 4.88×10⁻³ mol/kg 1.99×10⁻³ mol/kg
カルサイト溶解量 多い(約2.5倍) 少ない
CO₂(g) SI -1.5(入力条件) −2.58(CO₂消費)

考察

① なぜ開放系のpHが低いか

開放系では CO₂ が常に \(P_{CO_2} = 10^{-1.5}\) atm に保たれる。カルサイトが溶けて H⁺ が消費されても、ガス相からCO₂が追加供給されて H⁺ が再生成される。このため酸性が維持され、カルサイトの溶解が促進される。最終的なCa濃度は 2.39×10^-3 mol/kgw と、閉鎖系よりも多く溶解している。

\[\mathrm{CO_2(g) \rightarrow CO_2(aq) \rightarrow H^+ + HCO_3^- \xrightarrow{Calcite} Ca^{2+} + 2HCO_3^-}\]

② なぜ閉鎖系のpHが高いか

閉鎖系では Stage 1 で溶解したCO₂の量が上限である。カルサイト溶解で H⁺ が消費される。しかし、閉鎖系であるため新たなCO₂の供給がないため反応が止まる。そのため、溶液中のCO₂は急速に消費され、pHが上昇する。

③ 地下水への適用

ヒント現実の地下水はどちらに近いか

現実の地下水は、その流れの段階によって変わる:

  • 土壌帯(浅部):土壌CO₂が豊富で常に補給される → 開放系に近い
  • 深部帯水層:岩盤に囲まれてCO₂の補給がない → 閉鎖系に近い

このため、地下水は深くなるにつれてpHが上昇し、カルサイトに対して過飽和になりやすい。洞窟環境では、この地下水が大気中へ流出する際にCO₂が脱ガスし、カルサイトが沈殿して鍾乳石(スタラグマイト)を形成する。

④ 反応の進み方の違いをまとめると

開放系のメカニズム
CO₂補給 → H⁺生成 → Calcite溶解 → H⁺消費 → CO₂補給 → …(繰り返し)
→ 平衡まで溶解が進む
閉鎖系のメカニズム
CO₂溶解(限定)→ H⁺生成 → Calcite溶解 → H⁺消費 → CO₂枯渇 → 停止
→ CO₂が尽きると反応が止まる

次回予告:炭酸地下水と海水の混合

次回は 炭酸地下水(石灰岩地帯の地下水)と海水が混合したとき に何が起きるかを計算する。

単純に2つの水を混ぜただけでは、混合水がカルサイトに対して不飽和になる(溶解方向になる)という「混合腐食(mixing corrosion)」という現象が起きる。石灰岩の洞窟形成にも関わるこの現象を、PHREEQCのMixingとEQUILIBRIUM_PHASESを組み合わせて再現していこう。


参考文献(References)

Appelo, CAJ, と Dieke Postma. 2005年. Geochemistry, groundwater and pollution. Second. Balkema, Rotterdam, p. 634.
Parkhurst, David L, と CAJ Appelo. 2013年. Description of input and examples for PHREEQC version 3—A computer program for speciation, batch-reaction, one-dimensional transport, and inverse geochemical calculations. US Geological Survey Techniques; Methods, book 6, chap. A43, 497 p.
Yamamoto, S. 1983年. Method of the groundwater survey. Kokon Shoin, Tokyo (in Japanese), 490 p.
Yang, Heejun, T Mishima, S Katazakai, と M Kagabu. 2023年. 「Analytical approach using a chemical equilibrium formula and geochemical modeling for alkalinity measurements of small natural water samples」. Applied Geochemistry 148: 105535.

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